神智主義とシンボル 本文へジャンプ
超マンダラ論 復刻版
黒澤一功の
精神世界にようこそ
  「卑弥呼Xファイル」の著者がおくる至福の書:
Symbols are language that can help us understand our past.」、シンボルは言語であり、過去を理解する助けとなる (ダビンチ・コードより)。

プネウマとはギリシャ語で光輪という原義だった
ギリシャ語の聖書で書かれていたプネウマという言葉が、英語圏ではスピリットと訳された。それが、日本語訳では聖霊と訳されることになった。聖霊というと、皆さんはどんなイメージをもたれますか?
 もともと、プネウマという言葉の意味は、「閃光」という意味でした。神のエイコーン(光に隠された像)なのです。
 このイエスが持っているお皿に描かれたシンボルはなんでしょうか。
また頭上に描かれた正十字はいったい何でしょうか。
わたしは、これを西洋マンダラと呼びます。れっきとした幾何学的な具象的な形があるのです。これが神の本体(Spirit of God)であるとしたら、あなたは、それを信じられますか?

仏足跡に描かれる車輪は天のメルカバだ。
仏足跡《ぶっそくせき》に描かれる車輪のような図形は「千輻輪《せんぷくりん》」と呼ばれています。
蓮華の珠網、輪宝、卍、蓮華の珠網、回る手摺などとも型式がよく似ています。
これは、中国では金華、カッバラでいうメルカバ、ヨーロッパでは薔薇十字団のシンボルと同じで、普遍的な形状です。これらは仏教のダンマ、聖書のロゴス、ソクラテスのハデス、ライプニッツのモナドなど、すべて同じものなのです。なぜか「光る十字の車輪」として現れますが、聖人によって呼び方が異なるだけです。

内なるマンダラ
「それ、仏法遥かに非ず、心中にして、即ち近し。真如、他に非ず、身を棄てて、いずくにか求めん。迷悟、我に在れば、発心すれば、即ち至る。」

弘法大師の『般若心経秘鍵』のお言葉ですが、真如とは月輪のことで曼荼羅を指します。マンダラがある以上、だれでも悟りの境地に到達できるということです。菩提心は「一切衆生悉有仏性」(涅槃経)とあるように誰にも備わっており、「世尊よ、われあまねく知り得たり、わが自心を見るに、月輪のごとし」(金剛頂経)とあり、月輪が「無碍光」に当たり、心中に求めるものです。